『月刊言語(1995年)』 大修館
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通巻280号(1995年03月):海外言語学情報 -個別言語研究と言語理論- 500円
- (1)「英語学の三〇年」(児玉徳美)
- (2)「認知論的フランス語研究」(春木仁孝)
- (3)「韓国語研究の動向」(福井玲)
- (4)「中国・台湾における中国語研究」(望月圭子)
- (5)「生成文法によるスペイン語研究」(加藤ナツ子)
- (6)「ドイツ語における結合価研究の功罪」(在間進)
- (7)「ロシア語のアスペクト研究」(堤正典)
- (7)「イタリア語の実態」(山本真司)
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- ・「『ことば』と『かたち』 -キリスト教美術考(下)」(西野嘉章)
- ・「インタヴュー:言語学フロンティア3 -小川浩-」
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通巻283号(1995年06月):辞書学のすすめ -ユーザーフレンドリーな辞書を求めて- 500円
- (1)「辞書学の誕生」(東信行)
- (2)「見出語の選定と配列」(小島義郎)
- (3)「語彙論と辞書学」(国広哲弥)
- (4)「ユーザーフレンドリーな辞書の条件」(土肥一夫)
- (5)「外国人のための日本語辞書構想」(玉村文郎)
- (6)「漢字・漢語辞書の索引学」(松浦友久)
- (7)「電脳辞書の辞書学」(高木條治)
- (8)「辞書学科のカリキュラム」(中本恭平)
- (9)「特別インタヴュー:CIDE編集室を訪ねて」(磐崎弘貞)
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- ・「『映像の言語』を求めて(下)」(稲生永)
- ・「ショーヴェ洞窟発見の意味するもの」(横山祐之)
- ・「インタヴュー:言語学フロンティア6 -関口一郎-」
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通巻284号(1995年07月):今こそ第二外国語 -しなやかな<知>の構築をめざして- 400円
- (1)「マルチ・メディア時代における外国語の必要性」(井上輝夫)
- (2)「広がりゆく外国語の宇宙」(石井洋二郎)
- (3)「日本語と外国語の間を行き来する」(平高史也)
- (4)「文法訳読法を見直す」(渡部昇一)
- (5)「日本語だけでは日本文学はできない」(小森陽一)
- (6)「脳を活性化させる外国語教育」(植村研一)
- (7)「大学の新しい外国語教育戦略」
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- ・「メディアとしての図像(上)-『金色夜叉』の写真撮影をめぐって-」(金子明雄)
- ・「ダンスを書く(上)」(式部彩夕)
- ・「インタヴュー:言語学フロンティア7 -橋田浩一-」
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- ・「新連載・ニューカレドニアをフィールドワークする(1)」(大角翠)
- ・「新連載・<会話をフィールドにした男>サックスのアイデア(1)」(石阪仰)
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通巻285号(1995年08月):植物のコミュニケーション -生存をかけた戦略の実態- 400円
- (1)「競争者を『認識』する植物」(梅木清)
- (2)「アリを味方につけた熱帯の植物たち」(市野隆雄)
- (3)「立ち聞きするマメ」(高林純示)
- (4)「植物のなわばり争い」(藤井義晴)
- (5)「樹木群の場所的コミュニケーション」(三輪敬之)
- (6)「植物体内におけるシグナル伝達」(斉藤美佳子/松岡英明)
- (7)「植物に耳はあるか」(櫛橋康博)
- (8)「<植物のコミュニケーション>研究史」(高林純示)
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- ・「メディアとしての図像(中)-新聞の中の物語る肖像写真-」(金子明雄)
- ・「ダンスを書く(下)」(式部彩夕)
- ・「インタヴュー:言語学フロンティア8 -松森晶子-」
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通巻286号(1995年09月):日本語の戦後史 -何が日本語の戦後史- 300円
- (1)「8月15日の日本語」(奥武則)
- (2)「『ジャック・アンド・ベティ』という黒船」(若林俊輔)
- (3)「『政治の季節』と日本語」(西島建男)
- (4)「偏差値教育が残した『マニュアル日本語』」(山口恒夫)
- (5)「無休動のコミュニケーション」(諸橋泰樹)
- (6)「消費の言葉と言葉の消費」(柏木博)
- (7)「日本語の市場価値の変動」(井上史雄)
- (8)「近代化を越えて -日本語のポストモダンへの歩み-」(J・V・ネウストプニー)
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- ・「メディアとしての図像(下)-笑う肖像写真/笑わない文学者-」(金子明雄)
- ・「満洲語のある単語の意味を追って」(早田輝洋)
- ・「インタヴュー:言語学フロンティア9 -尾上圭介-」
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通巻287号(1995年10月):世界の民間信仰 -「現代」と共生する俗信- 500円
- (1)「シベリア」(藤代節) (2)「韓国」(真鍋祐子) (3)「中国<漢族>」(余潤)
- (4)「中国<白族>」(川野明正) (5)「インド」(町田和彦)
- (6)「タイ」(綾部裕子) (7)「ベトナム」(冨田健次)
- (8)「インドネシア」(柴田紀男) (9)「フィリピン」(山田幸宏)
- (10)「パプアニューギニア」(紙村徹) (11)「フィジー」(橋本和也)
- (12)「モンゴル」(一ノ瀬恵) (13)「チベット」(小野田俊蔵)
- (14)「ネパール」(蓮見順子) (15)「アフガニスタン」(縄田鉄男)
- (16)「トルコ」(林徹) (17)「ロシア」(伊東一郎) (18)「ラトビア」(村田郁夫)
- (19)「フィンランド」(小泉保) (20)「ポーランド」(沼野充義)
- (21)「チェコ」(保川亜矢子) (22)「ルーマニア」(倍賞和子)
- (23)「セルビア」(栗原成郎) (24)「ハンガリー」(早稲田みか)
- (25)「アイルランド」(松村賢一) (26)「ドイツ」(原克)
- (27)「スイス」(富盛伸夫) (28)「フランス」(篠田知和基)
- (29)「イタリア」(竹山博英) (30)「ギリシア」(福田千鶴子)
- (31)「バスク」(吉田浩美) (32)「ポルトガル」(黒沢直俊)
- (33)「モロッコ」(中野暁雄) (34)「エジプト」(奥野克己)
- (35)「ザンビア」(杉山祐子) (36)「ハウサランド」(松下周二)
- (37)「フルベ」(江口一久) (38)「コートジボワール」(鈴木裕之)
- (39)「セネガル」(砂野幸稔) (40)「ケニア」(小馬徹)
- (41)「マダガスカル」(森山工) (42)「アメリカ・インディアン」(箕浦信勝)
- (43)「ジャマイカ」(柴田佳子) (44)「ブラジル」(古谷嘉章)
- (45)「チリ」(千葉泉) (46)「オーストラリア」(窪田幸子)
- (47)「現代日本」(高山勉)
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- ・「認知的マクシマリズムから言語的ミニマリズムへの提言(上)」(高尾享幸)
- ・「ことわざの宇宙」(松枝到)
- ・「インタヴュー:言語学のフロンティア10 -土田滋-」
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通巻290号(1995年12月):ことばがことばを越えるとき -言語表現の魅惑- 400円
- (1)「ことばの限界を越えて -句読点あるいは苦闘点-」(藤井貞和)
- (2)「死の活用 -ハイデッガーと詩の言語-」(瀬尾育生)
- (3)「『期待』と『効果』のコミュニケイション論」(今井邦彦)
- (4)「比喩表現と慣用表現」(中村明)
- (5)「トートロジーが意味を持つとき」(水田洋子)
- (6)「破格の文法」(村松友次)
- (7)「アイロニーとイロニー」(恒川隆男)
- (8)「科学におけるレトリック」(井山弘幸)
- (9)「コラム:<常識>の虚をつく広告コピー」(相澤秀一)
- (10)「コラム:ソムリエのレトリック」(田崎真也)
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- ・「認知的マクシマリズムから言語的ミニマリズムへの提言(下)」(高尾享幸)
- ・「古典の息吹(中) -食の愉悦-」(塚田孝雄)
- ・「<日本言語学会第111回大会>報告」(籾山洋介)
- ・「インタヴュー:言語学フロンティア12 -杉戸清樹-」